Kama Hopkins × Keao Costa 対談 第4話|フラのために音を組み立てる

Kama Hopkins × Keao Costa Hawaiian Music Archive Chapter 4

Hawaiian Music Archive / Chapter 4

フラのために音を組み立てる

人物Kama Hopkins(カマ・ホプキンス)Holunapeなどで活動するハワイアン音楽家。本章では、日本との往来、フラ現場の音楽ディレクションを語る。人物Keao Costa(ケアオ・コスタ)歌手・ベーシストとして活動する音楽家。本章では、Kamaさんをフラの音楽ディレクションへ導いた人物として語られる。の対談第4話は、日本での演奏の記憶から始まり、フラ競技会の現場、音楽ディレクション、若い世代への助言へと進んでいきます。ダンサーやkumu hulaと相談し、曲の意味や作曲者を確認しながらarrangementを形にすること。フラのために音を組み立てる仕事には、表に出る音だけでは見えにくい準備と信頼があります。

企画: アロハケーキ株式会社 / 代表 日下貴博
聞き手: Keao Costa
出演: Kama Hopkins / Ka Leo Sakura / Holunape
構成・編集: Lani Records

日下貴博

企画原案のご挨拶

日下貴博より

皆さんこんにちは。
日下貴博です。

私が20年以上ハワイの音楽を続けて、その中でたくさんのハワイのミュージシャンやクムフラにお会いして、素晴らしいリレーションシップを持つことができました。

普段の会話の中からも、ハワイの方々の文化に対する深い考えや、勉強になる考え方を伝えてもらえることが多々ありました。

私が直接のスピーカーになるよりも、本人たちの声をそのまま届けられるかと思い、このような企画を考えてみました。

ハワイを愛する皆様が楽しんでいただければと思います。

対談動画

字幕は動画プレイヤーの設定から切り替えられます。英語字幕は音声をもとに全編を再校正しています。


日本との往来から始まる

Chapter 4の入口は、日本の話から始まります。

Kama Hopkinsさんは初来日の時期を「2001年だったかもしれない」と振り返りつつ、続けて2002年とも述べています。記憶上の年には揺れがありますが、地名横浜Kamaさんが来日時に演奏へ招かれたhālauの所在地として語る都市。hālau名と催し名は音声から確定できない。編集部注 / ハワイ語hālau本章では、日本でKamaさんたちを演奏に招いたフラの団体として登場する。で演奏するために招かれ、Kamaさん、Keola Chanさん、そして仲間たちが一緒に来日したと語られます。

その日本での演奏を機に、Kamaさんは日本にすっかり魅了されたようです。

その後、日本へ来る機会は増えていきました。多い時期には発言時点 / 数量年8回の来日(本人の回想)Kamaさんが、日本へ年8回ほど通った時期を回想した数字。4回は演奏、4回はハワイ語指導だったと語る。ほどで、Kamaさんの説明では、4回は演奏、4回は言語 / 文化ʻōlelo Hawaiʻi(ハワイ語)ハワイ先住の言語。本章では、Kamaさんが演奏とは別に日本へ通い、教えていた内容として語られる。を教えるためでした。フルタイムの仕事を持ちながら、休暇を取り、日本へ通い、演奏し、教え、同時に日本語にも触れていく。

日本の読者にとって、ハワイのミュージシャンが来日することは、ひとつの特別なイベントとして見えます。けれどKamaさんの側から見ると、それは演奏活動であり、教育であり、仕事との調整であり、人との関係を少しずつ育てていく時間でもありました。

やがて、年齢を重ねたある時期、KamaさんとKeaoさんは旅先でふと気づきます。

このツアーで、僕らが一番年上なのか。

まだ自分たちでは若いつもりでいる。けれど周りを見れば、次の世代が増えている。その気づきは、少しずつペースを落とすこと、他の人へ任せること、若いミュージシャンにチャンスを渡すことへつながっていきます。

Keaoさんから託された音楽ディレクション

ここから話は、Keaoさんとの関係へ入っていきます。

KAMA ON KEAO / 字幕から見えること

Keaoさんは、教えるだけでなく、役割を渡した

Kamaさんは、Keaoさんをフラの音楽ディレクションへ最初に導いた人として語ります。答えを教えるだけでなく、実際の役割を任せ、必要な時にフィードバックする関係が見えてきます。

00:04:59–00:05:04

Kamaさんの回想(要約): Keaoさんは、最初にこの領域へ導いた人だった
Kamaさんは、多くの人から学んできたことを認めながら、最初にこの領域へ導いた存在としてKeaoさんを置きます。

00:05:05–00:05:29

Kamaさんの回想(要約): Keaoさんは実際の役割を任せ、コメントやフィードバックで支えた
任せて終わりではなく、実践させながら支える。その関わり方が、Kamaさんを次の役割へ進ませました。

00:06:34–00:06:38

Kamaさんの回想(要約): その多くを、いま隣にいるKeaoさんから受け取った
信頼される演奏家の条件を語った直後、Kamaさんは隣にいるKeaoさんへ、その学びの源を返しています。

日本語は音声再校正版の英語字幕を基準にした要約で、逐語訳ではありません。時間をタップすると該当箇所から確認できます。

Kamaさんは、Keaoさんが初期の共同作業で音楽用語 / 役割音楽ディレクター本章では、曲やarrangementの方向を調整し、ダンサーやkumuと相談しながら演奏を組み立てる役割として語られる。の役割を担った一人だったと語ります。グループHolunapeKama Hopkinsさんが参加したハワイアン音楽グループ。本章では、編曲経験からフラ現場へ進む前史として登場。などの活動で自分たちの編曲を考えていた時期を経て、フラ競技会やHālau、ダンサー、kumu hulaと向き合う現場に入っていく。その時、Kamaさんはハワイアン音楽の別の現場を見ていったようです。

フラのために演奏する時、ミュージシャンは、ただ良い音を出すだけでは足りません。

ダンサーや編集部注 / ハワイ語kumu hula本章では、ミュージシャンとarrangementを形にしていく相手として登場する。と相談しながらarrangementを形にし、曲の意味と作曲者を確認していく。そして複数の曲を組み合わせる時には、それぞれの曲が本当に一緒に置けるのかを考える必要があります。

Kamaさんは、ある曲とある曲が「音楽的には」つながるように見えても、意味や背景まで見ると合わないことがある、と語ります。

同じ音楽用語作曲者曲を作った人物。本章では、同じ作曲者の二曲でも、歌詞や背景が合うとは限らないという判断材料になる。が書いた2曲だからといって、自動的につながるわけではない。

kumu hula・踊り手
曲の意味と構成を相談
音楽家が演奏として支える

この話だけでも、フラのために音を組み立てる仕事の奥行きが見えてきます。曲同士が音楽的につながるかだけでなく、曲の意味や作曲者まで確認すること。

Kamaさんは、Keaoさんから多くを学んだと話します。人物Chad Takatsugi音声ではChad Takatsugiとして登場し、Kamaさんがフラの音楽づくりを学んだ人物の一人として挙げられる。の名前も出てきます。ほかにも多くの人から学んだはずだと言いながら、最初に自分をその領域へ連れて行ってくれた存在として、Keaoさんを置いています。

やがてKeaoさんは、Kamaさんに任せるようになります。

Kamaさんの回想では、Keaoさんは「今度は君がMD(音楽ディレクター)を担当して。こちらは僕が受け持つ」という趣旨で、実際の役割を任せました。

Kamaさんは最初、無理だ、できない、と感じたようです。けれどKeaoさんは、ずっとやってきただろう、と背中を押します。途中で意見を出し、フィードバックし、必要なら直していけばいい。

そこにあるのは、ひとりの人がすべてを決める現場ではありません。

相談する。曲を出し合う。意味を話す。間違っていたら直す。任せる。戻す。もう一度組み立てる。

Chapter 1で見えた「家族や友人、現場から育った音楽のルーツ」と同じように、Chapter 4でも、音楽は人と人の間で育っています。ただし今回は、より実務的で、責任のある現場です。編集部注 / 公演形態フラ競技会hālauや踊り手が演目を披露し審査を受ける場。本章では、ミュージシャンが踊りとkumu hulaを支える現場。のピットで、役割フラの踊り手本章では、ミュージシャンが演奏で支える相手として登場する。を支え、kumu hulaと向き合い、時間通りに現れ、質の高い音楽を届ける。

Kamaさんは、長い間その現場を行き来していたミュージシャンを、自身の記憶では「発言時点 / 推定約20~25人(Kamaさんの推定)Kamaさんが、長年フラ競技会の現場を行き来した奏者の規模を回想した概数。公式統計ではない。」と見積もります。大きなフラ競技会でも、別の競技会でも、同じような顔ぶれが公演用語競技会のピットステージ近くで伴奏者が演奏する区域。本章では、同じ奏者たちが複数のhālauの出番を支える現場を指す。を行き来し、時にはステージ裏で着替えながら次の出番へ向かう。

直前の「20人から25人くらい」は、Kamaさんの回想による概数で、公式な人数ではありません。

選ばれ続ける理由は、信頼だった

なぜその人たちが呼ばれ続けたのか。

Kamaさんの答えは、派手なものではありません。

信頼できること。 その仕事の意味を分かっていること。 行くと言ったら行き、やると言ったらやること。 そして、質の高い音楽を届けること。

Keaoさんは、それに応えるように、二人が互いの創造的な感覚を共有してきたから今の自分たちがある、と話します。

一つの学び舎だけで、知識は尽くされない

会話は、学び方の話にも広がっていきます。

誰か一人の先生、誰か一組のミュージシャンから学ぶことは、もちろん大切です。けれどKamaさんとKeaoさんの会話を聞いていると、学びは一方向だけでは終わらないものとして見えてきます。

別の先生から学んだ人同士が話すこと。 それぞれが受け取ってきたものを持ち寄ること。 違う影響を受けた人たちが、一緒に音を作ること。

ここで、ハワイの格言である編集部注 / ハワイ語ʻōlelo noʻeauハワイ語のことわざや、世代を越えて伝えられる知恵の言葉。本章では異なる学びを持ち寄る考えを示す。が出てきます。

編集部注 / ʻōlelo noʻeauʻAʻohe pau ka ʻike i ka hālau hoʻokahi「すべての知識が一つの学び舎だけで尽くされるわけではない」という格言。異なる学びを持ち寄る場面に重なる。

すべての知識が、一つの学び舎だけで尽くされるわけではない。

この言葉は、前章から続く「学びを受け渡す」というテーマにも重なり、Chapter 4の現場にそのまま響いています。

KamaさんとKeaoさんたちは、それぞれ違う音楽的影響を受けて育ちました。似ている部分もあれば、違う部分もあります。一緒に曲を組み立てる時、家族から受け取ったスタイル、先生から学んだこと、現場で覚えた判断が出てくる。それらを持ち寄って、できる限り良い音楽を作ろうとする。

面白いのは、彼らの世代のミュージシャンは「誰がメロディを歌うか」ではあまり争わない、という話です。むしろ「どのパートを歌いたいか」でやり取りが起きる。「自分たちは別のパートを歌うから、あなたはリードを歌って」という感覚があり、全員が前に出ることより、全体の響きを優先しています。

全員がメロディを取りに行くのではなく、それぞれが自分の居場所を見つけて、一つの響きを作る。そこにも、KamaさんとKeaoさんが話している音楽のあり方が表れています。

次の世代へ、経験を渡す

その一方で、会話は少し厳しい方向にも進みます。

今の若いミュージシャンの中には、すぐに表へ出たい、すぐに歌いたい、すぐにアルバムを作りたい、という人もいる。けれど、経験が足りないまま前へ出ると、誰かと一緒に働く姿勢や、現場で信頼を積む時間が追いつかないことがある。

Keaoさんは、経験や仕事の姿勢を身につける前に表へ出ようとする動きを戒めます。続いてKamaさんは、自分たちも誤った選択をして代償を払ったからこそ、若い人の遠回りを少しでも短くしたいと語ります。

練習は効く。 決意は効く。 時間を守ることも、小さなことに目を向けることも、音楽の一部になる。

愛のために演奏し、仕事として音楽を守る

そして、話は「対談内の重要論点音楽への愛と仕事としての音楽Kamaさんたちは、演奏への愛と、報酬・責任を伴う仕事の両方をどう抱えるかを、自分たちの経験として語る。」のバランスへ移ります。

Kamaさんは、祖母との会話を思い出します。日本で演奏して帰ってきて、報酬の話をした時、祖母は驚いたそうです。飛行機で連れて行ってもらい、部屋があり、食事もあるなら、それだけで感謝するものだ、という感覚です。

Kamaさんは祖母の世代を振り返り、「昔は愛のために演奏していた。今も愛のために演奏する」と語ります。

けれど同時に、Kamaさんたちにとって現在の音楽活動は仕事でもあります。

この両方をどう抱えるのか。Kamaさんたちの会話には、そこへの戸惑いと実感が混ざっています。音楽を愛すること。仕事として扱うこと。感謝すること。自分たちの価値を守ること。

Lani Records編集部の視点

任せることと、音楽を仕事として守ること

Chapter 4では、音楽が人から人へ渡される瞬間と、愛だけでは続けられない現場の責任が同時に語られます。

継承の視点

教えることは、役割を任せることでもある

Keaoさんは、Kamaさんへ完成した答えだけを渡したのではありません。実際の判断を任せ、フィードバックを返し、必要なら一緒に直すことで、Kamaさんが音楽ディレクターの役割を担うきっかけをつくりました。

仕事の視点

愛のために演奏し、責任ある仕事として届ける

時間を守ること、意味を理解すること、約束した場所へ行くこと、質の高い音楽を届けること。音楽への愛と、報酬や責任を伴う仕事の両方をどう保つかが、現在も続く課題として語られています。

この章から見えてくること

フラのために音を組み立てるということは、曲を並べることではありません。

曲の意味や作曲者を確かめ、ダンサーやkumu hulaと相談し、仲間と響きを合わせること。任されたら引き受け、わからないところは相談し、必要なら直しながら、ひとつの場にふさわしい音を探していくこと。

Chapter 4に残っているのは、そうした現場の手触りです。

日本へ通った年月。Keaoさんから任された音楽ディレクション。ひとつのHālauだけでは終わらない学び。メロディを奪い合わず、それぞれのパートを支えようとする感覚。そして、愛のために演奏しながら、仕事としても音楽を守っていく難しさ。

KamaさんとKeaoさんの会話は、その一つひとつを、特別な教訓としてではなく、歩いてきた現場の記憶として語ってくれます。